http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/19/fukushima_n_9277684.html 土と生きる豊かな暮らしは、あの日、一変した。福島県須賀川市で農業を営む樽川和也さんは、
東京電力福島第一原発の事故後まもなく父親を自死により失った。田畑も放射能で汚染された。
東京で20日公開のドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」で苦悩を訴えている。もう取り戻せない、償うことなどできない現実を聞いた。
――事故から5年。いまの状況を教えてください。
「放射能は、こっちの中通りにも降りました。田んぼも畑もビニールハウスも、みんなやられて、
うぢらは職場を汚染されたんです。だけど、東電は資産への賠償をしたわけでもねえ、放射能を取り除いたわけでもねえ。
ただ、5年の月日が流れただけ。たーだ被害かぶって苦しんで、うぢらはいったい、なあんなのって」
「精神的な慰謝料として事故の年に8万円、翌年に4万円はもらいましたよ。ただ、それだけ。12万円で、あとはもう黙ってろ、
自然に放射能さがんの待ってろっつうことでしょう。とても、そんなんで済む損害じゃねえべ」
――生前、お父さんは野菜の有機栽培に熱心だったそうですね。
「環境のこと、よく考える人でした。寒キャベツをつくり始めたのも、冬なら1回も消毒やんねくたって虫がつかねえからです。
雪の下で成長して、味もかなり甘くなる。地元の学校は全部うぢのキャベツを給食に使ってました。
本当に安全でおいしいものを子どもらに食わせられる、って喜んでた。学校に呼ばれて、
食の教育でしゃべったこともあんだ。そういうのが誇りだったの」
「国から野菜の出荷停止の連絡が届いた翌朝、首をつりました。収穫前のキャベツ7500個がダメになった。
畑も汚された。これから先、どうやって生きてくっぺ、と思い詰めたんでしょう」
(中略)
――育てた農産物への賠償は?
「販売実績があって損害を証明できるものにだけ出ます。たとえば、事故前に2000円で売れたのが1500円にしか
なんねえんだったら、その差額は東電が賠償する。だけど、天候不順で値が上がったキュウリはこの2年、賠償出てねえんです。
事故前より高い値段で売れたんだから払いませんって。おがしいっしょ。もしも事故なかったら、もっと高く売れてたんだよ。
他県より安いんだよ。もう、東電はカネ出したくねぐて、しょうがねえんだから」
「俺たちだって請求もできねえようなものも、いっぱいあんだ。もう戻ってこねえものが。うぢで毎年つくって食べてた
椎茸(しいたけ)も、山のふきのとう、たらの芽も、全部ダメになったけど一切出ねえ」
――風評被害はどうですか。
「うぢのコメも、11年のは放射能が最高値30ベクレルぐれえあったの。規制値が500ベクレル以下
(1キロあたり。12年度以降は100ベクレル)だったから十分に大丈夫な数値なんだけど、やっぱ口に入れるもんでしょう。
俺も本当は食いだくねかった。まあ、よそで買うわけにもいがねから食いましたけど」
「ただ、出荷すんのは、なんか悪いことしてる気がして。だから東京の人が、福島のは食いたくねえという気持ちは、
よくわかる。こんなボロ原発あっとこの、わざわざ買って食いてえかえ。これは風評被害じゃねえよ。
根も葉もない噂(うわさ)が広まって売れねえのが風評被害だけど、じぇねえっしょ。根も葉もあんだから。現実に降ったんだよ、放射能が」
――いまも検出されますか。
「コメは去年もおととしも、放射能は未検出だったの。やれることはやったから。放射能の吸収を抑える塩化カリウムも毎年まいてるし。
全袋を検査して、もしも数値が出たら出荷できないんだもの、いま福島のコメは、他県よりずっと安全だと思ってる」
「実際、コメは売れてますよ。外食産業とか病院とか、福島県産とわがんねえところで。表には出ねえだけで、すごい量が動いてんの。
うまいから、福島のコメは。粘りと甘みがあって。だから外食産業の人らは、いいみたいです。うまいコメを安く買えて」